ニューヨークのロウアーイーストサイドにあるOrchard Streetに、ヴィーガンの惣菜と食料品だけを置く小さな店があります。Orchard Grocerです。決済サービスのSquareが公開した取材記事によれば、姉妹のErica KuberskyさんとSara Kuberskyさんが2017年に開いた店で、直近の年次の売上は30-40 percentの伸びだったと書かれています。二人は同じ建物で、ヴィーガンの靴店MooShoesも営んでいます。MooShoesの公式サイトには、2001年に姉妹が創業したことと、現在の所在地が78 Orchard Streetであることが載っています。
この店が普通と違うのは、品ぞろえを広げる方向へ進んでいないところです。置けるものを自分たちで狭め、その狭さを変えないまま続けています。ヴィーガンであること、パーム油を使っていないこと。この2つを満たさない商品は、どれだけ売れそうでも棚に入りません。
先に断っておきます。この記事で書けるのは、Squareの取材記事とMooShoesの公式サイトに載っている範囲だけです。売上高、利益、客数、従業員の人数、店の面積は公表されていません。伸び率がどの期間を指すのかも記事には書かれていません。数字で効果を証明する話ではなく、判断の置き方の話として読んでください。確認日は2026年9月9日です。
扱う条件を2つに固定する
Squareの記事によれば、この店の仕入れには外さない条件が2つあります。ヴィーガンであること、そしてパーム油を使っていないことです。Ericaさんはこの2つについて、うちが出すものを少し編集する方法でもあって、ビジネスの観点からは自分たちの生活を少し楽にしてくれる、と語っています(原文は “It’s another way also to edit what we offer a bit, too, which from a business perspective does make our lives a little easier.”)。そのうえで「私たちはずっとヴィーガンでいます。ずっとパーム油不使用でいます」と続けています。
条件を先に決めておくと、日々の判断が短くなります。新しい商品や作り手の話が来たとき、最初に見るのは味でも粗利でもなく、2つの条件を満たしているかどうかです。満たしていなければそこで終わります。売れそうかどうかを毎回話し合う時間が発生しません。制約は選べる範囲を減らしますが、同時に迷う回数も減らします。
注意したいのは、この2つが商品分類の話ではないことです。ヴィーガンの食料品であっても、パーム油の入った加工食品は世界中にあります。条件を1つ足したぶん、置けるものはさらに狭くなります。それでも外さないと公表していることが、この店の輪郭になっています。
狭さが、客の側の手間を減らす
条件を店の側で固定すると、確認の作業が客から消えます。原材料の表示を1つずつ裏返して読まなくても、店の入口の時点で条件が満たされているためです。記事では、この条件が品ぞろえを絞り込む働きをしていることが、Ericaさんの言葉とあわせて説明されています。狭さは客にとって不便でもありますが、探す手間を肩代わりしているという面があります。
Squareの記事には、Vegan Food and Livingが選んだ2026年のニューヨーク市のヴィーガンレストラン35軒に、この店が入ったことも書かれています。ただし、掲載と売上の関係については何も書かれていません。掲載されたから伸びた、という読み方はできません。ここでは、条件を守り続けている店が外部の一覧に載ったという事実だけを受け取ります。
小さな作り手に、棚と1日を開く
Ericaさんは、自分たちが独立した事業者なので、ほかの小さな独立した事業者を見つけるために、いつもわざわざ手間をかけている、と語っています(“We are an independent business, so we are always going out of our way to find the other smaller independent businesses.”)。Saraさんは、独立したブランドがここでポップアップをやりたい、その日に商品を見せたい、売りたいというなら、いつでも喜んで場所を出す、と話しています。
記事は、これが新しい作り手にとって実際の客に会える入口になり、店の側では在庫が動くと説明しています。棚は絶えず入れ替わっているとも書かれています。棚の一部を、自分たちの仕入れ以外へ開いている状態です。
ここでも2つの条件が効いています。誰にでも棚を貸しているのではなく、条件を満たす作り手にだけ開いています。つまり仕入れの基準が、そのまま組む相手の基準になっています。基準がなければ、棚を開くたびに相手を一から審査することになります。店の空間を他の事業者と分け合う形は、空きスペースを出店者に開いたVinteigeの3段階でも扱いました。あちらは面積を分ける話で、こちらは棚と1日を貸す話です。規模が小さいぶん、始めるのに要る条件も少なくなります。
通りとの関係は2001年から続いている
Orchard Grocerは、何もないところに開いた店ではありません。MooShoesの公式サイトによれば、姉妹は2001年にMooShoesを創業しています。二人はクイーンズの出身で、最初の店はマンハッタンのGramercy Park付近にあった、使われなくなった精肉店の建物でした。その後Allen Streetへ短い期間移り、現在は78 Orchard Streetにあります。ロサンゼルスにも店を構えています。扱っているのは、動物を使わない靴、バッグ、Tシャツ、財布、本などで、公式サイトはニューヨークで初めてのこの種の店だったと書いています。店には、地元の団体から引き取られた保護猫がいることも紹介されています。
Orchard Grocerが2017年に開いたのは、この靴店と同じ建物です。Ericaさんは、Orchard Streetをニューヨークでもっとも素晴らしい通りの1つだと話しています。2軒目は、同じ通りで積み上げた関係の上に置かれています。近所づきあいも、通りを歩く人の層も、すでに分かったうえでの出店です。
新しく店を出す側から見ると、ここは真似のしにくい部分です。ただ、逆の読み方はできます。すでに何かの商売を続けている場所があるなら、その隣に2つ目を置く選択肢がある、ということです。同じ客層に、別の買い物の理由を用意する形になります。
勘を、期間を区切ったレポートで確かめる
条件で狭めた店でも、何をどれだけ置くかは毎日決めなければなりません。ここでSaraさんが語っているのは、自分たちは自然と感覚で動くほうで、その感覚が本当に間違っていたこともある、という話です(“We are ones to just naturally go by our feelings, and our feelings have been really wrong sometimes.”)。
そこで使っているのが売上のレポートです。上位の売れ筋を出して、期間を入れるだけだ、とSaraさんは説明しています。記事に出てくる道具は、Square Register、Square Loyalty、そして売上のレポートです。特別な分析基盤の話ではありません。
順番に意味があります。勘を捨ててデータで決めているのではなく、勘で選び、レポートで確かめ、次の発注を決めています。小さな店では、品目ごとの粗利や回転をすべて追うことはできません。それでも上位の並びを期間を区切って見るだけで、思い込みは崩れます。売れていると思っていたものが上位にいない、という結果は、棚の1段ぶんの判断を変えます。
紙の伝票や手書きの在庫管理から、データを見られる仕組みへ移った書店の話はGreen Apple Booksの記録で扱っています。あちらは店舗を増やすための移行、こちらは1店舗の中で仕入れの精度を上げる使い方です。同じ道具でも、目的が違えば見る画面が変わります。
看板になる1品を持つ
条件で狭めた店ほど、条件を知らない人が入ってくる理由が要ります。この店の場合、それがソフトクリームです。カシューナッツ、ライスミルク、オリーブオイル、砂糖で作られていて、開店したときからのベストセラーであり、ヴィーガンではない客にもよく売れている、と記事に書かれています。
Saraさんは、真面目すぎない場所にしたかった、ヴィーガンは楽しいものだと示せる場所にしたかった、と語っています。主義を説明する前に、おいしいものが1つある状態です。惣菜はその場で作るサンドイッチが中心で、包装された食料品も置いています。
小さな店の看板商品は、利益の柱であると同時に、入口の役割を持ちます。条件で客を選んでいるように見える店ほど、条件と関係なく成立する1品があるかどうかが、間口の広さを決めます。
電話に出る、客が働き手になる
Ericaさんは、もうどこへ電話しても誰も出てくれない、うちはだいたい自分たちで電話を取る、と話しています(“You can’t call any place and get anyone on the phone anymore. I like that we, for the most part, do pick up our phones.”)。設備の話ではなく、誰が受けるかを決めているという話です。
採用についても、記事に記述があります。従業員の多くは雇われる前から客で、本人もヴィーガンであることが多く、商品知識を持った状態で入ってくる、と書かれています。離職率が高いことで知られる業界のなかで、定着が珍しいとも紹介されています。加えて、Square Loyaltyで客の履歴を持っていることにも触れられています。
ここでも2つの条件が働いています。条件で集まった客の中から働き手が出てくるので、入社時点で商品の背景を説明できます。条件を持たない店であれば、同じ知識を研修で用意することになります。ただし、記事には従業員の人数も勤続年数も書かれていません。定着していると書かれているだけで、数値は確認できません。
公表されていること、されていないこと
確認できた範囲を並べておきます。公表されているのは、直近の年次の売上が30-40 percentの伸びだったこと、Vegan Food and Livingが選ぶニューヨーク市のヴィーガンレストラン35軒に入ったこと、エスプレッソを今年始めたこと、次にダイニングスペースを作る予定であること、棚が絶えず入れ替わっていることです。
一方で、売上高、利益、客数、従業員の人数、店の面積は公表されていません。伸び率がどの期間を対象にしているのかも書かれていません。ポップアップの開催回数や、出店してもらう条件、パーム油を使っていないことをどう確認しているのかについても、記事からは分かりませんでした。仕入れ先の一覧や、独立ブランドの選び方の基準も公表されていません。
したがって、この店のやり方を採れば売上が伸びる、という書き方はできません。分かるのは、条件を固定した店が続いていて、その店が公表した数値がこれだけある、というところまでです。
日本の小さな店が確認できること
規模も業種も違うので、そのまま持ち込める部分は多くありません。それでも、確認の形にすれば手元で試せます。
1つ目は、扱わない条件を1文で言えるかどうかです。言えないなら、それは条件ではなく好みです。2つ目は、その条件で実際に断った商品を挙げられるかどうかです。断った例が出てこない条件は、機能していません。
3つ目は、勘で並べた商品の順位を、期間を区切ったレポートで確かめているかどうかです。全品目を分析する必要はありません。上位だけで十分に食い違いが出ます。4つ目は、条件の合う小さな作り手に、棚の一部か1日を開けられるかどうかです。開けるなら、仕入れずに品ぞろえを動かせます。
5つ目は、客が電話をかけてきたときに誰が取るかを決めているかどうかです。この店の場合、そこが商圏の近さと結びついています。海外の小さな事業者の事例は海外ビジネス成功事例にまとめています。
出典と注記
この記事は、Squareが公開している取材記事「The Retail Strategies That Turned Orchard Grocer Into a Champion for Independent Brands」と、MooShoesの公式サイト「About Us」を出典としています。いずれも、事業者またはその決済サービスの提供元が自ら公開している一次情報です。他メディアのまとめ記事は使っていません。
数値は原文の表記のまま記載し、通貨や単位の換算はしていません。公表されていない項目は空欄のままにし、推測で補っていません。店舗の営業状況や取扱商品は変わるため、実際に訪ねる前には公式の案内を確認してください。確認日は2026年9月9日です。
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