中小企業成功事例/海外事例

売場を無料で貸して人件費を減らす。米スパイス店の協働モデル

ワシントンD.C.のThe Spice Suiteは、売場を無料で貸す代わりに接客を手伝ってもらう仕組みで人件費を抑えました。公表された数値の範囲で、小規模事業者が持ち帰れる点を整理します。

売場を無料で貸して人件費を減らす。米スパイス店の協働モデル - 株式会社セイビー

米ワシントンD.C.のスパイス店The Spice Suiteは、店番のために人を雇っていません。代わりに、売場を無料で貸しています。借りるのは、手作りや独自の仕入れによる商品を持つ小規模事業者です。彼らは店に立って接客を手伝い、その見返りとして、繰り返し使える売場を無料で得ます。創業者のAngel Gregorioさんは、この仕組みを「Black and Forth」と呼び、決済事業者Squareが運営する媒体The Bottom Lineへ自ら寄稿して内容を公開しました。

先に要点を書きます。この事例で参考になるのは売上の大きさではなく、人手と認知という、ふつうは現金で買うものを、現金以外の方法で用意したところです。1年目に38,000ドルだった売上は、5年目に1 million ドルを超えたと本人が書いています。同時に、年に約19,000ドルの人件費を減らせたとも書かれています。この記事で扱うのは、寄稿と公式サイト、そしてD.C.市長室の公式リリースに書かれている範囲だけです。確認日は2026年9月7日です。

売場を無料で貸し、接客を手伝ってもらう

仕組みは単純です。出店したい事業者は、オンラインの申込みフォームから応募します。通れば「SpiceGirl」という無料の会員制グループに入り、The Spice Suiteの売場を定期的に使えるようになります。使用料はかかりません。代わりに、店に立って接客を手伝います。Gregorioさんの説明では「自分の時間と、店での接客の手伝いと引き換えに、これらの事業者は自分の商品を売るための定期的な売場を無料で使えるようになる」という形です。

店の側から見れば、これは人を雇わずに店番を確保する方法です。出店者の側から見れば、家賃も保証金もなしに実店舗の棚を持つ方法です。どちらの側にも現金は動いていません。動いているのは時間と場所です。

関係図。出店する事業者と売場のあいだで接客の手伝いと無料の売場が行き来し、売場と来店客のあいだで日替わりの顔ぶれと新しい客が行き来する構造
寄稿に書かれている交換の関係を並べました。金銭のやり取りは示されておらず、動いているのは時間と場所です。 出典:Square The Bottom Line「Black and Forth」(創業者Angel Gregorioさんの寄稿)(確認日 2026-09-07)

Gregorioさんは、小規模事業者が抱えている問題を「そもそもお金を動かし続けるための、場所と露出と共有できる資源へのたどり着きにくさ」だと書いています。資金の前に場所と露出が足りない、という見立てです。この見立てが、そのまま仕組みの形になっています。資金を配るのではなく、自分が持っている場所を開いた、という順序です。

同じ日に同じ商品を置かない

この仕組みには、もう一つ決まりがあります。同じ日に、同じ種類の商品を売る事業者を2組入れないことです。Gregorioさんの例えでは、ある事業者がキャンドルを売るなら、その日にもう一方はキャンドルを売れません。誰を入れるかは、日程の空きと商品の重なり方を見て決めていると書かれています。

同じ決まりは、Black and Forthが開く農産物市にも適用されています。同じ日に同じ作物を持つ出店者を2組は置きません。理由は本人の言葉で説明されています。「出店者が利益を最大にし、露出を増やす機会になる。並んでいるものが、その日だけの、そこにしかないものになるからだ」。

この決まりは、出店者どうしを競争させないための設計です。売場を共有する仕組みは、参加者が増えるほど「同じようなものが並ぶ」問題を抱えます。並んだ結果として値下げ競争が起きれば、無料で場所を借りられる利点は消えます。日程を組む段階でそれを避けているところが、この事例のいちばん実務的な部分です。

公表されている結果

寄稿には、いくつかの数値が書かれています。1年目の売上は38,000ドル、5年目には1 million ドルを超えました。人件費については、Black and Forthのやり方を使うことで年に約19,000ドルを節約している、とあります。D.C.の最低賃金が18ドル/時であることも、その文脈で示されています。これまでに開催した出店は3,000件を超えたとされています。

数値カード。1年目の売上38,000ドル、5年目の売上1 millionドル超、年間の人件費削減 約19,000ドル、これまでの出店3,000件超の4項目
寄稿に書かれている4つの数値です。人件費の削減額は本人による見積もりで、内訳は示されていません。 出典:Square The Bottom Line「Black and Forth」(創業者Angel Gregorioさんの寄稿)(確認日 2026-09-07)

広告についても記述があります。出店者どうしが互いを紹介し合うことで、SNSのフォロワーと来店が継続して増えたとし、比較として「小規模事業者は平均して月に200ドルから800ドルをSNS広告に使う」という数字を挙げています。ただし、自社の広告費が実際にいくらだったかは書かれていません。減った額として確認できるのは人件費のほうだけです。

数値の読み方には注意が要ります。売上が5年で伸びた理由をこの仕組みだけに帰することは、寄稿の記述からはできません。書かれているのは、仕組みの内容と、その期間に起きたことです。因果を測った調査ではないため、同じ形にすれば同じ結果になると読むのは行き過ぎです。

Black + Forth公式サイトのファーストビュー
引用キャプチャBlack + Forth(Dream Incubator Inc.)の公式サイト。記事で扱っている拠点の所在地と、非営利法人として運営していること、地域向けの講座と農産物市がここに記載されています。 出典:Black + Forth(Dream Incubator Inc.)公式サイト(確認日 2026-09-07/表示のファーストビュー)

拠点は行政の制度を使って買った

この事業には、もう一つの側面があります。売場そのものを自分で保有したことです。

D.C.のMuriel Bowser市長の公式リリースによると、2023年1月13日にThe Spice Suiteの新しい拠点の開店式が行われました。場所はWard 5のLangdon地区です。もとはWard 4のTakomaで7年前に始まった店で、新しい拠点はGregorioさんが立ち上げたBlack and Forthの一部として、黒人女性が経営する5つの事業が入る商業スペースになっています。

取得には、D.C.の「Commercial Property Acquisition Fund」という制度が関わっています。頭金を補助するもので、上限は750,000ドル、または売買価格の25%のいずれか低いほうです。リリースには、初回の募集で12の事業へ計4 millionドルが交付されたこと、運営をCity First Bankが担っていることが記載されています。

同じリリースには、旧店舗での実績も書かれています。7年間で450人の黒人事業者による2,500件を超える出店が行われた、という記載です。売場を貸す仕組みが先にあり、その実績を持って拠点の取得へ進んだ、という順序が読み取れます。Gregorioさんの発言も引かれています。「私の目標は、協同の経済を通じて『登りながら引き上げる』とはどういうことかを、事業者に示すことです」。

公式サイトによれば、Black + Forthは2201 Channing Street NEにあり、501(c)(3)の非営利法人Dream Incubator Inc.が運営しています。サイトでは、市で初めての黒人所有のストリップモールで、地域向けの教育と、黒人事業者が借りられる手頃な商業スペースを提供するものだと説明されています。月ごとの講座「Community Business School」、隔週の農産物市、Something Suiteという茶とコーヒーの店が挙げられています。教育の方針も明記されています。「私たちは教育の門番にならない。申込みも手数料も求めない。一定の成功水準も求めない」。

つまり、店で始まった売場の共有が、非営利法人と常設の施設という形にまで広がっています。日本の読者にとっては、店の運営と地域の教育が同じ法人格ではなく、別の器で持たれている点が参考になります。

日本の小規模事業者が参考にできる点

読み取れることは3つあります。

比較表。接客の人手、人件費、売場の使い方、認知の広げ方、商品の重なりの5項目で、一般的なやり方とBlack and Forthのやり方を並べたもの
左列は比較のために置いた一般的な形で、右列が寄稿に書かれているやり方です。金額はいずれも出典の記載によります。 出典:Square The Bottom Line「Black and Forth」(創業者Angel Gregorioさんの寄稿)(確認日 2026-09-07)

第一に、現金以外で払える対価を持っていないかを数えることです。この事例で対価になったのは、空いている売場と、来店客の目に触れる位置でした。どちらも、すでに持っていて、使い切れていなかったものです。人を雇う判断の前に、自分の事業に同じ性質の資源がないかを見る余地があります。

第二に、共有の仕組みを作るなら、重ならないための決まりを先に置くことです。この事例では「同じ日に同じ商品を置かない」という一文がそれにあたります。参加者が増えてから調整を始めると、先に入っていた人が損をする形になりがちです。決まりを最初に置くほうが、あとから説明する手間も減ります。

第三に、売場を人に渡すと、集客を担う人が増えるという点です。出店者は自分の顧客に案内します。店の側はその分の広告を出していません。ただしこれは自動的に起きることではありません。出店者の商品が重ならず、来るたびに顔ぶれが変わるという条件が先にあります。条件を外して仕組みだけを真似ると、同じようには働きません。

制度面の違いにも触れておきます。ここで紹介したのは米国の事例で、最低賃金の水準も、非営利法人の要件も、不動産取得を支援する制度も日本とは異なります。接客を手伝ってもらう関係が、日本の労働法の下でどう扱われるかは、この出典からは判断できません。仕組みの発想を持ち帰る場合でも、具体的な取り決めは専門家に確認してください。小規模な小売が売場の使い方を変えた別の例として、実店舗を持つまでの過程を公開したVinteigeも併せて読めます。

公表されていないこと

確認できなかったことを残します。出店者1組あたりの売上、SpiceGirl会員の人数、現在の従業員数、自社の広告費、5年目より後の売上は、いずれも公表されていません。人件費の削減額についても、何と比べた金額なのかという内訳は示されていません。

出店者が売った商品の代金がどのように精算されるのか、手数料が発生するのかについても記載がありません。無料と書かれているのは売場の使用料についてであり、それ以外の条件は分からないままです。この点は、同じ仕組みを検討する側にとっては重要な情報ですが、出典に無いため補いません。

出典と注記

この記事は、Squareが運営する媒体The Bottom Lineに掲載された創業者Angel Gregorioさん本人の寄稿、Black + Forth(Dream Incubator Inc.)の公式サイト、ワシントンD.C.市長室の公式リリースを出典としています。数値と引用は原文の表記に従い、通貨や単位の換算はしていません。当サイトが店舗を訪問したり、商品を購入して評価したものではありません。売上や節約額は本人による公表値であり、第三者が検証したものではないため、同じ方法で同じ結果が得られることを示すものではありません。確認日は2026年9月7日です。

この分野の実務を相談したい方へ

記事で扱っている内容は、当社が実務として支援している領域です。 自社で進めるか外部に任せるかの判断からご相談いただけます。

支援サービスを見る 相談する