海外AI活用事例/海外事例

1,000ページを15分の下書きへ。EvenUpが公表したAIの使い分け

人身傷害を扱う法律事務所向けのEvenUpが、AIによる文書作成の中身を公表しました。資料を読む順番、モデルを役割で分ける設計、公表されている変化を、一次情報の範囲で整理します。

1,000ページを15分の下書きへ。EvenUpが公表したAIの使い分け - 株式会社セイビー

資料を読んで文書を作る仕事は、どの業界にもあります。見積の根拠をまとめる、監査の資料を作る、申請書類をそろえる。時間がかかっているのは「書く」部分ではなく、その手前で資料を読んで事実を確定させる部分です。ここを飛ばして文章生成だけをAIに任せると、もっともらしい文書ができて、根拠が合わないという結果になります。

米国の法律技術企業EvenUpが公開している事例は、この手前の部分をどう工程に分けたかを説明しています。人身傷害の案件では、複数の医療機関の記録、請求の明細、警察の報告書などを合わせて1,000ページを超える資料が届きます。EvenUpはこれを読み取り、事実を1度だけ確定させ、そこから請求書面や交渉用の資料を作る仕組みを作りました。

先に断っておきます。この記事で扱えるのは、EvenUpとAnthropicが公表している設計と数値だけです。同じ仕組みを作れば同じ結果が出る、とは書けません。公表値の測り方や母数は示されておらず、比較対象がどのような状態だったかも記載がありません。出典はAnthropicの導入事例ページとEvenUpの公式サイトで、確認日は2026年9月5日です。

この会社と、扱っている仕事

EvenUpは人身傷害を扱う法律事務所向けのAI基盤を提供しています。公式サイトによれば、拠点はサンフランシスコで、2,000を超える事務所が利用し、週に10,000件の案件を処理しているとされています。顧客の事務所が獲得した損害賠償の総額は10 billionドル以上、解決した案件は累計200,000件を超えると記載されています。調達についてはシリーズEで150Mドル、企業価値は2Bドル超と書かれています。

扱っている業務は、案件の受付から、治療経過の追跡、請求書面の作成、交渉、開示手続き、公判準備までです。規模の小さい事務所が、規模を理由に不利にならないようにするという考え方が事例ページに書かれています。人手で読み切れる資料の量が事務所の規模で決まってしまう、という構造への対応です。

何をしたか:事実を1度だけ確定させる

EvenUpが作ったのは「AI Drafts」と呼ばれる文書作成の仕組みです。特徴は、資料から文書へ直接つなげていないことにあります。あいだに、出典つきで確定した事実の台帳を置いています。

事例ページの説明によれば、工程はこうです。まず各ページを読み取ります。このとき、いきなり高価な方法を使わず、テキストとして取り出せるならそれを使い、駄目なら通常のOCR、それでも読めない紙のスキャンにだけ画像の読み取りを使います。次に記録を種類ごとに仕分けます。そのうえで事実を1度だけ確定させ、それぞれに出典を付けます。重複する記録は統合してから、文書の作成に入ります。

Claude 導入事例「EvenUp cuts document drafting from 15 hours to 15 minutes with Claude」のファーストビュー
引用キャプチャAnthropicの導入事例「EvenUp cuts document drafting from 15 hours to 15 minutes with Claude」。記事で扱っている工程の分け方と、モデルの使い分けがここに掲載されています。 出典:Anthropic「EvenUp cuts document drafting from 15 hours to 15 minutes with Claude」(公式 導入事例)(確認日 2026-09-05/表示のファーストビュー)
医療記録、請求の明細、警察の報告書を入力とし、出典つきで確定した事実の台帳を中心に置いて、請求書面、交渉用の資料、開示手続きの回答を出力する関係図
入力と出力のあいだに事実の台帳を置く構造です。各文書が同じ台帳を参照するため、文書ごとに事実を読み直す工程がなくなります。 出典:Anthropic「EvenUp cuts document drafting from 15 hours to 15 minutes with Claude」(確認日 2026-09-05)

この順番が効くのは、同じ案件から複数の文書を作るからです。請求書面、交渉用の資料、開示手続きへの回答、医療記録の要約は、いずれも同じ事実の上に立っています。文書ごとに資料を読み直す作りだと、同じ読み取りを4回繰り返すことになり、しかも4つの文書のあいだで数字が食い違います。事実を先に確定させておけば、読み取りは1回で済み、食い違いも起きません。

日本の実務でも、この形はそのまま当てはまります。見積書、稟議書、報告書が同じ元データから作られているのに、それぞれ別の担当者が別々に資料を読んでいる、という状態はよくあります。AIを入れる前に、事実を置く場所を決めるほうが先です。

モデルを役割で使い分ける

もうひとつ公表されているのが、モデルの使い分けです。全部を同じモデルで処理するのではなく、工程ごとに変えています。

下から読み取りの段階、Haikuによる定型項目の抽出、Sonnetによる各節の執筆、Opus 4.8による全体の整合性確認という4層の使い分けを示した階層図
事例ページに書かれている役割分担です。下の層ほど処理量が多く単価を抑える対象で、上の層ほど判断の難しい部分にあたります。 出典:Anthropic「EvenUp cuts document drafting from 15 hours to 15 minutes with Claude」(確認日 2026-09-05)

いちばん上に置かれているのがClaude Opus 4.8です。複雑な推論、法的な枠組みの設定、文書全体を通した整合性の確認を担当します。150ページ未満の小さな案件では、医療費の計算もここが担当するとされています。各節の執筆はSonnetで、州ごとの規則と書式に沿って書きます。定型的な項目の抽出はHaikuです。

EvenUpの主任機械学習エンジニアであるEmre Yamangilさんは、選定の理由をこう説明しています。「Other models can write one good paragraph, but Claude stands apart. Keeping a single consistent story across thirty pages is the real test.」。良い段落を1つ書けるモデルは他にもあるが、長い文書の全体で筋を通し続けられるかが本当の試験だ、という意味です。

同じ人の言葉として、使い分けの原則も紹介されています。「Spend your expensive model where you can’t verify cheaply.」。安く検証できないところにこそ高いモデルを使う、という意味です。費用を抑える判断を「安いモデルに寄せる」ではなく「検証しやすさで分ける」に置き換えている点が、そのまま設計の指針になっています。

公表されている結果

事例ページと公式サイトに載っている数値を並べます。いずれも測り方の定義や母数は公表されていません。

項目 公表されている内容 出典
文書作成の所要時間 8〜15時間から15〜30分程度へ 事例ページ
開示手続きへの回答 5時間から30分へ 事例ページ
請求書面の作成量 顧客の事務所で3倍 事例ページ
医療費の精度 小さい案件で14ポイント向上 事例ページ
下書きの網羅性 16%高い 事例ページ
和解の提示額 最大300%の改善 公式サイト
弁護士の確認 75%速い 公式サイト
事務所の売上 400%の伸びを達成した事務所がある 公式サイト
和解額の改善が最大300パーセント、事務所の売上の伸びが400パーセント、弁護士の確認作業が75パーセント短縮という3つの公表値を並べた数値カード
いずれもEvenUpの公式サイトに掲載されている値です。全顧客の平均ではなく、事例として示された値であり、測り方と母数は公表されていません。 出典:EvenUp(公式サイト)(確認日 2026-09-05)

具体的な事務所の例も挙がっています。カリフォルニア州の事務所では45日分の滞留が解消し、弁護士の確認が75%速くなったとされています。オレゴン州の事務所では、下書きの所要が数か月単位から数日単位に変わり、1年で400%の売上の伸びを報告したと書かれています。

これらは導入した事務所の側が報告した値であり、AI以外の要因を切り分けたものではありません。人員を増やした、受任の方針を変えた、といった同時期の変化は記載がありません。数字の大きさに引かれる前に、この点を確認してください。

使う側の言葉

事例ページには、実際に使っている人の言葉も載っています。オハイオ州の事務所で25年以上の経験を持つパラリーガルの発言として、こう紹介されています。「I’ve been doing medical billing spreadsheets for over 25 years. At first, I was hesitant to give up control, but with the way our firm is growing, I just don’t have the time I used to.」。長年やってきた作業を手放すことに最初は抵抗があったが、事務所が伸びるなかで以前ほどの時間が取れなくなった、という趣旨です。

導入の話でよく落ちるのがこの部分です。手放すことへの抵抗は、能力の問題ではなく、品質を自分で担保してきた人ほど強く出ます。この事例で抵抗が下がった理由として語られているのは、AIの精度そのものではなく、事務所の成長で時間が足りなくなったという事情です。順番として、置き換えを説得するより、先に量が増える状況が来ています。

日本の実務者が参考にできる点

この事例から取り出せるのは、次の3つです。

第一に、資料から文書へ直接つながないこと。あいだに、出典つきで事実を確定させる層を置きます。この層があるかどうかで、あとから根拠をたどれるかが決まります。複数の文書を同じ案件から作るなら、費用の面でも効きます。

第二に、読み取りを安い方法から順に試すこと。すべてを一律に高い処理へ回すと、単純な文書まで同じ単価になります。テキストで取れるものはテキストで取る、という当たり前の順番を工程として決めておきます。

第三に、モデルの使い分けを「安いほうへ寄せる」ではなく「検証しやすさ」で決めること。出力が正しいかどうかを安く確かめられる工程は安いモデルで足りますが、確かめにくい工程を安く済ませると、誤りが下流まで流れます。AIによる文書処理の別の形としては、Spellbookの契約書レビューも参考になります。ほかの事例は海外AI活用事例にまとめています。

公表されていないこと

確認できなかった項目を残します。公表値の測り方、比較の基準、対象となった案件数はいずれも示されていません。「8〜15時間から15〜30分」がどの範囲の文書を指すのか、以前の作業に何が含まれていたのかも記載がありません。

導入にかかる費用、料金体系、契約の条件は公式サイトの公開範囲では確認できませんでした。処理にかかる時間や、人が確認する工程がどれだけ残るのかも公表されていません。誤りが出たときの扱い、責任の所在についても記載がありません。

日本語の資料に対応しているかどうかも記載がありません。公式サイトには米国の各地域に担当者を置いていると書かれており、対象は米国の法制度に基づく業務です。そのまま日本の業務へ持ち込める仕組みではありません。参考にできるのは工程の分け方であって、製品そのものではありません。

出典と注記

この記事は、Anthropicが公開している導入事例「EvenUp cuts document drafting from 15 hours to 15 minutes with Claude」と、EvenUpの公式サイトを出典としています。数値は原文の表記のまま記載し、単位や通貨の換算はしていません。引用した発言は、いずれも出典ページに掲載されているものです。成果を保証する記述は含みません。確認日は2026年9月5日です。

この分野の実務を相談したい方へ

記事で扱っている内容は、当社が実務として支援している領域です。 自社で進めるか外部に任せるかの判断からご相談いただけます。

支援サービスを見る 相談する