広告の素材をAIで作る話は、この1年で珍しくなくなりました。バナーの差し替え、ナレーションの試作、動画の縦横比の作り分け。どれもすでにある企画を、速く形にするための使い方です。米国の代理店BarkleyOKRPがソーダブランドのSliceのために作ったものは、その延長線上にありません。作ったのは1本の広告ではなく、ロサンゼルスで実際に電波を出したFMラジオ局でした。
局名は106.3 The Fizz。流れているのは「yesterday’s pop hits that didn’t exist until now」(いままで存在しなかった、昔のヒット曲)です。曲も、歌っているバンドの経歴も、ジャケットの絵も、番組を進めるDJの声も生成されています。この記事で扱えるのは、Googleが運営するThink with Googleの記事、BarkleyOKRPの公式ケーススタディ、Google Cloudの公式ブログに書かれている範囲だけです。制作費、出稿費、売上への影響は、どれにも記載がありません。確認日は2026年9月16日です。
「看板の向こう側」に何を置くか、から始まっている
企画の出発点は、媒体の選び方そのものへの疑問だったと書かれています。BarkleyOKRPのVP Creative DirectorであるAndrea Knowlesさんは、Think with Googleの記事でこう述べています。“Instead of doing a classic billboard launch, we wondered, how can we put something on the other end of a billboard that nobody would expect?”(よくある看板での立ち上げをするのではなく、看板の向こう側に、誰も予想しない何かを置けないかと考えた。)
置いたのがラジオ局でした。Think with Googleの記事によれば、チームは空いていた電波の枠を1か月ぶん借りる契約を結んでいます。BarkleyOKRPのケーススタディも、これを実際に機能するアナログのFM局だと書いています。番組の中身は3時間ぶん用意され、そのすべてにSliceへの言及が織り込まれていたと記されています。SVP of CreativeのAndrew DiPeriさんの言葉は “I said okay, how can we recreate that, but make it super fun and a little bit tongue-in-cheek?”(よし、それをどう再現するか、しかも思い切り楽しく、少しふざけた形で、と考えた。)です。
周辺の施策も、ラジオ局という設定に寄せて組まれています。ケーススタディが挙げているのは、ハリウッドやCrypto.com Arenaの近くに出した屋外広告、インフルエンサーに送ったファクシミリの開封動画、古着として仕立てたグッズの配布、レトロな自動販売機、YouTubeでのlo-fi配信、地域を絞ったソーシャルです。局が実在するかのような周辺物が、先に読者の目に触れる順序になっています。
置かれた状況も書かれています。ケーススタディは、Sliceの再登場が「$1.5B『better-for-you』soda market」(体にやさしいソーダの市場)への参入であり、その市場はすでにPoppiとOlipopが押さえていた、と説明しています。後発で、しかも懐かしさを資産に持つブランド。この条件が、昔のヒット曲だけが流れる架空の局という形に行き着いています。
どのモデルが、何を作ったのか
この企画は、GoogleのAI Creative Lighthouse Programとの協業として実施されています。Google Cloudの公式ブログは、使われたモデルと担当を書き分けています。ひとまとめに「AIで作った」と書かれていないので、作業の単位がどこで切られていたかが読み取れます。
| モデル | 作ったもの |
|---|---|
| Gemini 2.5 Pro | 80年代・90年代風の歌詞、バンドの設定、DJの語り、配信サイトの中身 |
| Imagen | アルバムのジャケット |
| Veo 3 | ミュージックビデオなどの映像 |
| Lyria | 「Chill Zone」で流すlo-fiのインスト曲 |
| Chirp | 番組を進行するDJの声 |
分け方を見ると、ひとつの成果物に対してモデルが1つ、という割り当てではありません。曲という単位を取っても、歌詞は言語のモデル、演奏はLyria、ジャケットはImagen、映像はVeo 3と、工程ごとに渡す先が変わります。日本の現場に置き換えるなら、コピー、撮影、イラスト、編集を別々の担当へ発注するときの分け方に近く、発注書を書ける単位まで作業を割れているかどうかが先に問われます。
似た分け方は、L’Oréalが自社のコンテンツ制作に生成AIを組み込んだ例でも見られます。広告の管理画面の側から同じ問題に触れているのが、Google広告のAsset Studioに生成機能が入った動きです。
5週間で40曲。人が手放さなかったところ
Think with Googleの記事が具体的に書いているのは、制作の進め方です。最初にやっているのは、曲作りではなく調べものでした。チームはGeminiに「What was programming like on a real ’90s-era radio station?」(本物の90年代のラジオ局は、どんな番組構成だったのか)と尋ね、番組表、台本、ステーションIDなどの一覧を受け取っています。再現する対象の型を先に押さえてから、中身を作り始めた順序です。
曲は40曲。期間は5週間と書かれています。ただし、最初から狙った質のものが出てきたわけではありません。記事は、初期の出力がCMのジングルのようだったと書き、そこから「hip-hop to hair metal」(ヒップホップからヘアメタルまで)の幅を持つ、当時のヒット曲に近い曲へ変わっていったと説明しています。Simkins Lightbulb CompanyのPartnerであるDavid “Sully” Sullivanさんは “We found Gemini got really good at creating meaningful songs and meaningful lyrics.”(Geminiは、意味のある曲と意味のある歌詞を作るのが本当に上手くなった。)と述べています。
人が持ち続けた作業も、はっきり書かれています。1つは権利の確認です。チームは曲を10曲ずつまとめ、2人の音楽学者へ回して、法的に問題のない状態かを確かめています。もう1つは作り込みです。アルバムのジャケットは、1枚につき最大20回の作り直しがあり、プロンプトは50語から100語の長さだったと記されています。ラジオの現場を知る書き手も加わっています。
記事は、AIで作ったという物珍しさだけでは足りない、という趣旨の指摘も残しています。Knowlesさんの “The bar keeps going up and the finish line keeps moving.”(基準は上がり続け、ゴールは動き続ける。)という言葉がそれにあたります。作れる量が増えた分、聴かれるための水準も上がっているという読み方になります。
公表されている結果と、書かれていないこと
BarkleyOKRPのケーススタディが挙げている結果は5つです。表記はケーススタディのままで、こちらで単位や通貨を換算していません。
内訳は、119MMのearned and paid media impressions、180Kのアナログラジオ聴取者、45.7Kのオンライン再生、33%のview rate、60% more efficient CPMです。あわせて、ケーススタディは「#2 healthy soda ranking」という順位も挙げています。Google Cloudの公式ブログ側は、同じ取り組みの数字を「+119 million PR and paid media impressions」という書き方で載せています。同じ数でも、獲得メディアとPRという言い方が出典によって違います。引用するときは、どちらの表記を使ったかを残しておくほうが安全です。
読み取れないことも、はっきりさせておきます。出稿にいくら使ったのかは書かれていません。CPMの比較対象も、view rateを測った広告面も示されていません。順位についても、どの調査のどの期間の順位なのかは記載がありません。放送の前後で、購入や配荷がどう動いたのかも公表されていません。つまり、この5つは、投資に対する効果を示す数字ではなく、届いた量を示す数字です。自社の企画を通すための根拠として、そのまま持ち出せる形にはなっていません。
日本の実務者が持ち帰れること
規模も媒体も違いますが、考え方として使える部分があります。
1つ目は、作る対象を「素材」から「場」へ広げてみることです。この企画が置き換えたのは、CMの制作費ではなく、広告の形そのものでした。生成で軽くなったのは曲とジャケットと映像で、そこが軽くなったからこそ、40曲ぶんの中身を持つ局という企画が現実的になっています。手元の施策に当てはめるなら、素材を作る手間が下がったときに企画の単位を大きくできないか、という問いになります。
2つ目は、人が残る場所を先に決めることです。この事例で人が持っていたのは、企画、合格の基準、権利の確認、そしてプロンプトの作り込みでした。とくに権利の確認は、10曲ずつ専門家へ回すという運用の形まで公表されています。曲や絵を大量に作る計画を立てるなら、作る速さと同じだけ、確かめる速さを用意できるかを見ておく必要があります。
3つ目は、出す場所を先に押さえることです。空いている電波の枠を1か月借りるという契約が、この企画の土台になっています。中身を作ってから出し先を探す順序では、同じ形にはなりません。
4つ目は、数字の扱いです。ここまで見たとおり、公表されているのは届いた量だけで、費用も比較対象もありません。同じことをすれば同じ結果が出る、という読み方はできません。効果は、商品、地域、時期、出稿の量によって変わります。社内で共有するときは、結果の数字よりも、工程の分け方と人が持った作業のほうが再現できる情報です。
制作の速さと確認の重さの釣り合いという意味では、Miroが外部の原稿の一次確認をAIへ渡した例も同じ問題を扱っています。
出典と注記
この記事は、Googleが運営するThink with Googleの記事「BarkleyOKRP’s nostalgic AI advertising campaign」、BarkleyOKRPの公式ケーススタディ、Google Cloudの公式ブログ「How 5 agencies created an impossible ad with Gemini 2.5 Pro」を出典としています。いずれも、実施した企業と、使われた技術を提供する企業が自ら公開しているものです。数値は原文の表記のままで、単位や通貨の換算はしていません。英語の引用は原文を併記し、日本語は内容を示すための訳です。この取り組みが各社から公表されたのは2025年で、各ページの記載は更新される可能性があります。引用する際は、現在の記載を確認してください。確認日は2026年9月16日です。
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