「店を増やしたいが、任せられる人がいない」。規模の小さい会社が、拡大の手前で必ずぶつかる壁です。求人を出しても店をまとめられる人はなかなか来ませんし、来ても、その店のやり方を覚える前に辞めてしまいます。結果として、経営者が全店を見て回る形から抜け出せなくなります。
米ジョージア州のコーヒー焙煎会社PERC Coffeeは、この順番を入れ替えました。店を増やしてから店長を探すのではなく、店長が社内から出てくる形を先に作りました。決済サービスのSquareが公開している取材記事には、1店舗から6店舗になるまでのあいだ、新しい店の店長がいずれも社内の別の役割から上がった人だったと書かれています。
先に断っておきます。この記事で扱えるのは、人の育て方と組織の作り方だけです。売上、利益、従業員数はどこにも公表されていません。研修にかかった費用も、離職率も出ていません。数字で効果を証明する話ではなく、順序と仕組みの話として読んでください。出典はSquareの取材記事と、PERC Coffeeの公式サイトです。確認日は2026年9月4日です。
この会社の姿
公式サイトの沿革ページによると、始まりは2010年の「Panther’s Eye Roasting Company」です。焙煎機ひとつと、大音量で鳴らすステレオだけの状態から始めたと創業者は書いています。ファーマーズマーケットでの販売と卸の取引で売り先を広げ、最初に雇い入れた2人は自分の両親でした。
その後、チームの数名と組む形になり、小売店を開いていきます。公式サイトの店舗ページには、いま6つのカフェが並んでいます。
| 店舗 | 所在地 | 営業時間 |
|---|---|---|
| Percshop | サバンナ | 7am–5pm |
| East Lake | アトランタ | 7am–6pm |
| Vahi | アトランタ | 7am–6pm |
| Grant Park | アトランタ | 7am–6pm |
| Tucker | タッカー | 7am–6pm |
| Chastain | アトランタ | 7am–6pm |
公式サイトの店舗ページの記載です。Vahiは、Squareの取材記事でVirginia Highlandsと呼ばれている店にあたります。焙煎と卸を続けながら、小売の売り場を持っている会社だと分かります。ここで扱うのは、この6つの売り場を誰が回しているのかという話です。
何をしたか:店長を社内から出せる形を先に作る
2020年、Amber Foremanさんが小売部門の責任者としてPERCに加わりました。ロサンゼルスのBlue Bottle Coffee、サブスクリプションのスタートアップ、近隣店舗の運営管理など、コーヒー業界で13年の経験を持つ人です。当時のPERCは、長く卸を中心にしてきた会社でした。
最初の店はアトランタのEast Lakeです。2021年4月に2店舗目のVirginia Highlandsを開くとき、その店を動かす人は、すべて既存のチームから出しました。外から店長を採らなかった、ということです。これがそのまま標準になり、6店舗目を開くまで、開店時の店長はいずれも社内の別の役割から上がった人でした。
外から採らないと決めると、逆算で2つのものが必要になります。ひとつは、店長の候補が育っていく道筋。もうひとつは、その道筋に乗るための研修です。PERCはこの2つを、店舗を増やす前に用意しました。順序が逆だと、開店日に間に合わせるために外から採るしかなくなります。
仕事を渡すことが、そのまま人を育てる手段になっている
Foremanさんは、仕事を任せることについてこう語っています。「Delegating as a leader creates development for the people that you’re delegating tasks to.」。リーダーが仕事を任せることは、任せた相手の成長をつくる、という意味です。Blue Bottle Coffeeで働いていたころに学んだ考え方だと説明されています。
PERCでは、入社時の面談で本人に聞き取ることが決まっています。何に情熱を持っているか、自分の強みは何だと思うか、どこを伸ばしたいか。そのうえで、聞き取った内容に合わせて仕事を割り当てます。細かい作業が得意な人には事務まわり、コーヒーの技術に関心がある人にはテイスティング、人と話すのが好きな人にはイベントの担当、という具合です。
日本の店舗運営でよく見るのは、手が空いている人に仕事を渡す割り当てです。その場は回りますが、渡した仕事が本人の関心とつながっていないため、経験が積み上がりません。同じ「任せる」でも、任せる相手を関心から決めておくと、任せた仕事がそのまま本人の実績になり、次の役割へ進む根拠として使えます。PERCの割り当ては、後者の形です。
昇進の道が2本ある
もうひとつの仕掛けが、役割の分け方です。PERCは店舗ごとに2つの役割を置いています。事務や管理を担当するマネージャーと、技術面の研修を担当するリードバリスタです。
道が1本しかない組織では、店長になれるかなれないかの二択になります。接客と数字の管理が得意な人しか上がれず、抽出の技術を突き詰めたい人は行き止まりに当たります。取材記事では、2つの領域を置くことで、どちらの領域でも素質と情熱を見つけられるとForemanさんが説明しています。見つける側にとっても、見られる側にとっても、評価の物差しが2本になったということです。
日本の小規模な店舗でも、この分け方だけなら今日からできます。数字と発注を見る役割と、商品や技術の品質を見る役割を分ける。役職名を用意するだけなら費用はかかりません。ただし効果は組織の状況と運用によります。少なくとも「上がる先が1つしかない」状態は解消できる、という範囲で受け取ってください。
マネージャー研修は、6日間を3週間に割る
2021年、Foremanさんはマネージャー候補向けの研修を作りました。6日間の講座を3週間に分ける形です。参加者は研修センターでまとまった2日間を過ごし、そのあと自分の店に戻って、学んだ内容が実務でどう当てはまるかを見ます。
講座で扱う範囲は、在庫の仕組み、店舗運営、チームづくり、効果的なフィードバックの伝え方、次のリーダーを見つけること、そして社内と社外に向けたホスピタリティです。運営の技術と、人を見る技術の両方が入っています。
この割り方は、日本の店舗でもそのまま真似できます。6日間を連続で取ると現場が回らなくなりますが、2日ずつなら組めます。しかも、学んだ直後に実務へ戻るため、研修で聞いた話がその週のうちに自分の店の出来事と結びつきます。座学をまとめて詰め込んで終わる研修との違いは、この往復があるかどうかです。
公表されている結果はひとつです。この研修の参加者の70%が、リードバリスタまたはマネージャーとしてリーダー職に就いています。ただし、参加人数の母数は公表されていません。割合だけが出ている数字であることに注意してください。
データを渡して、判断まで任せる
役割と研修を用意しても、判断の材料がなければ人は動けません。PERCは、Squareのデータと連携するスプレッドシートを自社で作り、店長が自分で売上を分析し、在庫を予測し、発注を判断できるようにしました。上に確認してから動くのではなく、店長の側で決められる状態にした、ということです。
この形が効いた例として挙げられているのが、メニューの検証です。Virginia Highlandsのチームがメニューを試したところ、データは軽めの食事より、ワッフルのような食事系が売れることを示しました。そこからエッグサンドイッチや、いまPERCの看板になっているブレックファスト・クランチラップが生まれ、これが全店で一番売れる商品になっています。
本部が決めて各店へ降ろす形では、この発見は出てきません。先にあるのは、現場が数字を見られる状態を作ったことで、商品はその結果です。順番を取り違えると、権限だけ渡して判断材料を渡さない委任になり、店長は指示待ちに戻ります。
運営者から、戦略を考える側へ
店舗が増えると、責任者自身の仕事も変わります。Foremanさんは、日々の運営を回す役から、四半期と年の単位で考える役へ移りました。ここを移せないままだと、店が増えるほど責任者の時間が足りなくなり、育成に手が回らなくなります。
情報のやり取りは決まった形になっています。週に1度、Foremanさんがエリアマネージャーと会い、エリアマネージャーが各店のマネージャーと話します。方針は上から下へ、現場で起きていることは下から上へ、両方向に流れる作りです。四半期ごとに大きな目標をひとつ決め、毎週月曜には1時間をホスピタリティの教育にあてています。
Foremanさんがリーダーの資質として挙げているのは3つ、ホスピタリティ、前向きさ、そして解決志向です。コーヒーの技術は教えられるという前提に立ち、教えにくいもののほうを採用と登用の基準に置いていることになります。
日本の実務者が参考にできる点
この事例から取り出せるのは、次の4つです。いずれも費用より先に順序の問題であり、規模が小さいほど手を付けやすい部類に入ります。
第一に、店を増やす前に、店長が出てくる道筋を用意しておくこと。開店の日程を先に決めてしまうと、人が育つのを待てず、外から採るしかなくなります。
第二に、昇進の道を2本にすること。管理の道と技術の道を分けるだけで、技術を伸ばしたい人が辞める理由がひとつ減ります。役職名を作る費用はかかりません。
第三に、研修を分割すること。まとまった日数を確保できないことは、研修をやらない理由になりがちです。2日ずつに割れば店を止めずに組めますし、学んだ内容を試す場が毎回ついてきます。
第四に、数字を現場に渡すこと。判断を任せるとは、責任を渡すことではなく、判断の材料を渡すことです。材料がないまま責任だけ渡すと、店長は結局、本部の指示を待つ側に戻ります。
なお、これらを実行すれば同じ結果になる、とは書けません。PERCが公表しているのは仕組みと1つの割合だけで、別のやり方と比べた数字はありません。出発点が違えば効く手も変わります。設備と手順の側から多店舗化した例としては、独立系書店Green Apple Booksの記録が対照的です。ほかの事例は海外ビジネス成功事例にまとめています。
公表されていないこと
確認できなかった項目を残します。売上、利益、従業員数、店舗ごとの売上は公表されていません。研修にかかる費用、参加人数、離職率も出ていません。70%という割合の母数が分からないため、この数字だけで研修の効果を評価することはできません。
6店舗それぞれの開店時期も、公式サイトと取材記事のどちらにも記載がありません。確認できるのは、最初がEast Lakeで、2店舗目がVirginia Highlandsであり、それが2021年4月だったという点までです。焙煎の拠点の規模や、卸の取引先の数についても記載がありません。マネージャーとリードバリスタの人数、報酬の違いも公表されていません。
出典と注記
この記事は、Squareが公開している取材記事「How PERC Coffee Built a Team To Scale From 1 to 6 Locations」と、PERC Coffeeの公式サイトの沿革ページ・店舗一覧ページを出典としています。数値は原文の表記のまま記載し、単位や通貨の換算はしていません。成果を保証する記述は含みません。確認日は2026年9月4日です。
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