ニッチな分野の専門店は、たいてい在庫の少なさから始まります。仕入れる資金が限られているので、置ける品数が絞られる。品数が少ないから選んでもらえず、売れないから次の仕入れができない。この輪をどこから切るかが、最初の数年の実質的な仕事になります。
英マンチェスターのLGBTQ+専門書店Queer Litは、その時期に「どう売ってほしいか」ではなく「どう関わり、支えてほしいか」を客へ聞きました。返ってきた答えは品ぞろえの要望ではなく、学校へ本を贈ることや、集まる場所をつくることでした。在庫が少なくても着手できる内容です。公式サイトによれば、いまは実店舗に4,500点以上を置いています。
先に断っておきます。この記事で扱えるのは、聞き方と、始めた順番と、公表されている点数だけです。売上、利益、来店者数、書籍の回転率はどこにも公表されていません。従業員の人数は公式サイトに名前が挙がっている範囲でしか分かりません。数字で効果を証明する話ではないので、順序の話として読んでください。出典はShopifyが公開している取材記事と、Queer Litの公式サイトの「About Us」です。確認日は2026年9月6日です。
大型書店にLGBTQの棚がなかった、というところから
取材記事によると、創業者のMatthew Cornfordさんは、当時は法律の仕事をしていました。マンチェスターの大手チェーン書店に入ったときにLGBTQの棚が無いことに気づき、「I thought, right, OK, maybe this needs to change.」と考えたことが出発点だと説明されています。棚が無いという事実そのものが、事業の仮説になった形です。
Queer Litが始まったのは2021年8月で、当初はマンチェスターを拠点にしたオンライン専業の書店でした。扱うのはLGBTQ関連の本だけです。開業したのは感染症の流行下で、書店という業態がもともと実店舗を前提にしていたことを考えると、条件は良くありません。取材記事でも、この時期に始めたことが難しさとして触れられています。
公式サイトの「About Us」には、店にいるのは店主のMatthewさんと、書店員のLukaszさん、Greyさん、それに看板犬のJasperだと書かれています。この規模の店が、開業から2年ほどで実店舗を構えるまでに何をしたのか、という話になります。
| 項目 | 出典に書かれている内容 |
|---|---|
| 開業 | 2021年8月・マンチェスターでオンライン専業として開始 |
| 取扱点数(開業時) | 700点(オンライン) |
| 受賞 | 2021年10月「Best New Business」(LGBTQ+ Business Awards) |
| 雑貨事業 | 2022年10月にThe Pride Store MCRを立ち上げ |
| 実店舗 | 2023年10月にGreat Ancoats Streetで開業。4,500点以上 |
| もう1つの店 | Tib Street。6,000冊以上を陳列 |
| 店にいる人 | 店主Matthew、書店員Lukasz・Grey、看板犬Jasper |
聞いたのは「売り方」ではなく「関わり方」
取材記事の中で、Cornfordさんは開業当初の制約をこう説明しています。「When we started, I needed to be very careful about stock levels.」。在庫の水準に気をつける必要があった、という意味です。そのうえで、コミュニティに何を店で見たいかを聞いたと述べています。
ここで重要なのは、質問の立て方です。本人の言葉では「And rather than ‘How do you want us to sell books?’ it was ‘How do you want us to interact and support our community?’」となっています。「どう売ってほしいか」ではなく「どう関わり、支えてほしいか」を聞いたということです。
この違いは、単なる言い換えではありません。「どう売ってほしいか」と聞けば、返ってくるのは品ぞろえや値段や配送の要望です。在庫を絞っている時期の店にとって、それらはほとんど資金の問題に還元されます。聞いた側は答えを受け取っても動けません。一方で「どう関わってほしいか」と聞けば、返ってくるのは店の在庫量とは別の話になります。
Cornfordさんは、コミュニティの多様さについても触れています。「Our community is very diverse and it’s like no other community out there. Only by asking and listening were we able to create what we did.」。聞いて、耳を傾けることでしか作れなかった、という言い方です。推測で品ぞろえを決めなかったことが、この店の出発点だったと説明されています。
在庫が少ない時期に動かした3つの取り組み
聞いた結果として始まったものの1つが、学校へ本を無償で贈る取り組みです。取材記事では、この問いかけが早い段階のプログラムにつながったと説明されています。公式サイトでは「Free Books for Schools」という名前で、毎月およそ100冊のLGBTQ+関連書を英国内の学校へ贈っていると書かれています。累計は2,500冊を超え、その中にはJuno Dawson氏の『What’s the T?』が250冊含まれるとあります。
もう1つがブッククラブです。取材記事では、オンラインだけで運営していた時期に、コミュニティの要素を仮想の空間で作り直したものとして、無償の本のプログラムとあわせて挙げられています。実店舗がなくても、人が集まる場所は用意できるという例です。
公式サイトにはもう1件、性質の違う寄贈が記されています。『Trans Britain』を議員へ300冊贈ったという記述で、法律を変えてトランスの人々の生活に影響を与える前に、その全体像を理解してもらうためだと説明されています。
3つに共通しているのは、店の在庫が何点あるかに左右されないという点です。100冊を学校へ送るのも、集まる場所を作るのも、店頭に何千冊を並べられるかとは関係がありません。資金が足りない時期に、資金の量で決まらない仕事を選んだ、と言い換えられます。
公式サイトによれば、2021年10月にLGBTQ+ Business Awardsで「Best New Business」を受賞しています。開業から数か月の時点です。翌2022年10月には、プライド関連の雑貨を扱うThe Pride Store MCRを立ち上げ、店頭とオンラインの両方で扱うようになったと書かれています。
オンラインと実店舗では、在庫に求められるものが違う
取材記事で、実店舗を持つうえでいちばん難しかったものを問われたCornfordさんは、迷わず在庫を挙げています。「Stock. Definitely stock.」。そのあとの説明が、この記事でいちばん実務的な部分です。
ドロップシッピングや、注文が入ってから短期間で取り寄せる形なら、「I don’t need to have it right now.」と述べています。手元に今すぐ持っている必要がない、ということです。ところが実店舗になると条件が変わります。「When you’re walking into my shop, I need to give you a big enough visibility of stock for you to have a good selection from.」。店に入ってきた人に、十分に選べるだけの在庫を見える形で示す必要がある、という意味です。
オンラインでは在庫は「取り寄せられるか」の問題ですが、店頭では「見えているか」の問題になります。棚の見え方そのものが商品の一部になるため、同じ売上を作るのに必要な在庫の量が変わります。専門店で扱う分野が狭いほど、この差は大きくなります。品数が少ない棚は、その分野の本が少ないという印象を与えてしまうからです。
点数については、2つの出典で書かれている値が違います。取材記事には、オンラインの700点から実店舗の2,000点になったとあります。公式サイトの「About Us」には、オンラインで700点だけを置いていた状態から、マンチェスターのGreat Ancoats Streetにある実店舗で4,500点以上を置くまでになったと書かれています。実店舗は2023年10月に開業したとあります。
同じページには、Tib Streetの店に6,000冊以上を陳列しているという記述もあります。2つの店の関係も、それぞれの記述がいつの時点のものかも、公式サイトには書かれていません。取材記事の2,000点と公式サイトの4,500点以上は、時期の違いによるものと読むのが自然ですが、そう明記されているわけではないため、ここでは両方をそのまま並べておきます。
店頭でしか起きない会話がある
実店舗の役割について、Cornfordさんは在庫とは別の話もしています。「Have an in-face conversation with customers that they don’t want to have online.」。オンラインではしたくない会話を、対面でできる、という意味です。
続けて、来店の目的には幅があると説明しています。「Sometimes people just want a really nice romance novel. Other times people are wanting a book that supports them around their question of their gender, or their sexuality, or their identity.」。恋愛小説を1冊買いに来る人もいれば、自分の性別や性のあり方、アイデンティティに関する問いを支えてくれる本を探しに来る人もいる、ということです。
具体例も挙がっています。数日前に13歳の子が父親と一緒に来店し、自分たちへの支援について尋ね、文学の中に自分の姿を見つけるために来たという話です。検索窓とレビューでは代わりにならない用件があるという説明で、これはオンライン専業のままでは満たせない需要にあたります。実店舗を持つ理由を、家賃と売上の比較ではなく、扱えるようになる用件の側から説明している点が特徴的です。
実店舗の資金はどこから出たか
取材記事によると、マンチェスターの実店舗は、Shopify Capitalの融資を使って作られています。銀行融資に通りにくい小規模事業者が、売上に連動する形の資金調達を使う例は他にもあり、当サイトでは米オレゴンの林業用品店の事例で仕組みと条件を扱っています。
金額、回数、返済の条件は、Queer Litについては公表されていません。資金の出どころが分かるだけで、いくら借りたかは分かりません。したがってこの記事から、同じ資金調達をすれば同じ結果になる、とは読み取れません。読み取れるのは、在庫を見せられる状態まで持っていくために外部の資金を使った、という順序だけです。
日本の実務者が参考にできる点
この事例から取り出せるのは、次の4つです。いずれも費用より先に順序の問題であり、扱う分野が狭い店ほど当てはまります。
第一に、客に聞くときの質問を「売り方」ではなく「関わり方」にしてみること。品ぞろえの要望を集めても、仕入れる資金がなければ動けません。関わり方を聞けば、いまの在庫でも始められることが出てきます。
第二に、在庫の量に左右されない取り組みを先に置くこと。Queer Litの場合は学校への寄贈と、集まる場所づくりでした。業種が違えば形も変わりますが、「資金が増えないと実行できない施策」だけを並べないという考え方は共通して使えます。
第三に、オンラインと店頭で在庫の意味が変わることを、出店の計画に織り込むこと。取り寄せで回っていた品数のまま棚を作ると、選べる店に見えません。店頭に移すときは、売上の見込みだけでなく「見えている点数」を条件として置く必要があります。
第四に、対面でしか起きない用件があるかを確かめること。それが無い商材なら、実店舗の費用は在庫の見え方だけで正当化することになります。あるなら、家賃はその会話の場所の費用として説明できます。同じく実店舗を増やした書店の例としては、Green Apple Booksが設備と手順を変えた記録が対照的です。ほかの事例は海外ビジネス成功事例にまとめています。
なお、これらを実行すれば同じ結果になる、とは書けません。Queer Litが公表しているのは取り組みの内容と点数、開業の時期だけで、別のやり方と比べた数字はありません。
公表されていないこと
確認できなかった項目を残します。売上、利益、粗利率は公表されていません。来店者数、オンラインと店頭の売上比率、書籍の回転率も出ていません。従業員数は、公式サイトに名前が挙がっている店主と書店員2人しか分かりません。それ以外に雇用があるかどうかは書かれていません。
Shopify Capitalの金額、回数、返済の条件は公表されていません。実店舗の家賃、内装の費用、開業までにかかった期間も記載がありません。学校への寄贈にかかる原価や、その負担をどう賄っているかも書かれていません。
点数については前述のとおり、取材記事と公式サイトで値が違い、それぞれの時点が示されていません。Great Ancoats StreetとTib Streetの2つの店の関係も説明されていません。The Pride Store MCRが扱う雑貨の点数は「hundreds」とだけ書かれており、正確な数は示されていません。
出典と注記
この記事は、Shopifyが公開している取材記事「LGBTQ Bookstores: Queer Lit’s Online-to-IRL Story」と、Queer Litの公式サイトの「About Us」を出典としています。数値は原文の表記のまま記載し、単位や通貨の換算はしていません。英語の発言は原文を併記したうえで意味を説明しており、要約による言い換えだけで数値を扱ってはいません。成果を保証する記述は含みません。確認日は2026年9月6日です。
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