海外向けにソフトウェアや電子書籍、オンライン講座を売ろうとすると、決済の手前で止まります。買ってくれる国ごとに付加価値税や売上税の扱いが違い、国によっては登録と申告が要るからです。ここで出てくるのが Merchant of Record(MoR)で、日本語にすれば「記録上の販売者」です。
MoRを使うと、顧客に商品を売ったことになるのは自社ではなく、MoRの事業者になります。Paddleはヘルプセンターで、自社が「商品の再販業者(reseller)」であり、したがって「seller on record」であること、そして「VATと税の徴収・納付を、あなたに代わって行う」と説明しています。Stripeも Managed Payments という名前で、同じ形のサービスを公式ドキュメントに載せています。
この記事は、その2つの公式ドキュメントだけを使って、4つを整理します。何が移り、何が残るのか。日本に拠点がある事業者だけ扱いが違う部分はどこか。自社が対象になるかをどう判定するか。そして、公表されている手数料と、公表されていない項目は何か。金額は公式ページの表記どおり米ドルのまま書き、円へは換算していません。確認日は2026年9月8日です。
違うのは「誰が売ったことになるか」だけ
決済代行(PSP)とMoRは、どちらもカード決済を処理します。顧客の目にも、同じような決済画面が出ます。違うのは、その取引の当事者が誰かという1点です。
PSPを使う場合、売買契約の相手は自社です。決済という作業だけを外に出しています。税の登録も、申告も、返金も、不審請求の申し立て(チャージバック)への反論も、契約の当事者である自社に残ります。MoRを使う場合、顧客は自社ではなくMoR事業者から買います。自社はMoR事業者へ商品を卸している格好になり、税と申し立ての責任がそちら側へ移ります。
Stripeの公式ドキュメントは、この違いを製品の比較表の1行目に置いています。Managed Payments では「マーチャントオブレコード」が Stripe、その他のStripe製品では「貴社の事業」だと書かれています。手数料でも機能でもなく、売り手が誰かが最初の区別だという整理です。
自分が売り手のままだと、国ごとに手続きが増える
移る責任の中身を知るには、移さなかった場合に何をするかを見るのが早道です。EUを例にします。
EU域外の事業者がEUの消費者へサービスを売る場合、欧州委員会のVAT One Stop Shop(OSS)に、非EU事業者向けの「non-Union scheme」が用意されています。公式ページの説明では、EU域外に設立された課税事業者が、EU加盟国の非課税者(消費者)へ提供するサービスが対象です。登録するのは自分で選んだ1つの加盟国で、そこが識別加盟国になります。
申告は四半期ごとです。対象期間は1〜3月、4〜6月、7〜9月、10〜12月で、提出期限はそれぞれ翌月末、つまり4月30日、7月31日、10月31日、1月31日です。納付は申告の提出時、遅くとも提出期限までに行います。そして、その四半期にOSS対象の売上が1件も無く、過去の申告に修正も無い場合でも、ゼロ申告(nil return)を提出する必要があります。売れなかった四半期にも作業が残る、という点がここでの要点です。
これはEUという1つのブロックの話です。同じような制度が他の国にもあり、それぞれ登録の要否、しきい値、申告の周期、書式が違います。MoRを使うという判断は、この一式を自社の年間業務から外す判断だと言い換えられます。
顧客が見る名前は、自社ではなくLinkになる
責任が移ると、顧客の画面に出る名前も変わります。Stripeの公式ドキュメントは、この点をはっきり書いています。Managed Payments の取引では、顧客は決済時、領収書、購入後のサポートで Link とやり取りし、顧客にはLinkがマーチャントオブレコードとして表示され、購入には「Link 経由で販売(Sold through Link)」と表示されます。カードの明細書表記は LINK.COM* [Your statement descriptor] になります。
領収書、請求書、返金やクレジットノートの通知、一部のサブスクリプション関連メールは、Stripeが Link から顧客へ直接送ります。ダッシュボードの領収書設定は、これらのメールには影響しません。顧客は link.com で注文履歴の確認、サブスクリプションの解約と更新、決済手段や請求先住所の変更ができます。決済画面にカスタムドメインは使えないとも書かれています。
自社ブランドで買ってもらう体験を重視しているなら、ここは無視できない副作用です。逆に、個人開発のツールのように、税務登録の手間を避けることが最優先なら、割り切れる範囲でもあります。どちらが正しいという話ではなく、ブランドの見え方と事務作業の量を交換しているという理解が要ります。
Stripeが引き受ける範囲と、残る範囲
Managed Payments が代行する内容は、公式ドキュメントに項目立てで書かれています。自社に残る作業と並べます。
| 項目 | 公式ドキュメントの記載 |
|---|---|
| 間接税(売上税・VAT・GST) | 80か国以上で、税額の計算と徴収、税務当局への登録と申告、徴収した税の納付、必要に応じた税額明細の発行を行う |
| 不正利用の防止 | StripeがAIとリアルタイムのモニタリングで対応し、ルール設定とブロックリストの管理も行う |
| 不審請求の申し立て | Stripeが自動処理と手動処理で確認し、反論すると判断した場合は反証資料を提出する |
| 取引レベルの顧客対応 | Link サポートが、決済とサブスクリプションに関する問い合わせへ対応する |
| 現地通貨と決済手段 | Adaptive Pricing が既定で有効になり、顧客の所在地に応じて価格を現地通貨へ換算する |
| 自社に残るもの | 製品レベルのサポート、返金の実行やサブスクリプションの更新(ダッシュボードまたはAPI)、対応外の国での税務 |
顧客の側の制限も書かれています。購入できるのは195を超える国と地域からで、制限対象として挙がっているのはアセンション島、中国、キューバ、イラン、コソボ、北朝鮮、ロシア、シリア、トリスタンダクーニャです。
引き受けてもらえない部分も、同じ資料に書いてあります。取引レベルのサポートで製品固有の情報が必要になると、Stripeから自社へ連絡が来ます。48時間以内に回答しない場合、Stripeは自社の承認なしに返金することがあると明記されています。返金の際は顧客が支払った売上税も含めて全額が返りますが、特定の管轄区域では元の売上税額をStripeが保持して納付する必要があるため、その分だけ自社のアカウント残高が減額されます。申し立てを受けた場合の受領手数料も発生します。
日本に拠点があると、日本国内の販売だけ外れる
ここが、日本の事業者にとっていちばん重要な箇所です。税務コンプライアンスのページには、国内販売の扱いについて例外が2つ書かれています。シンガポール(B2Bの国内取引のみ)と、日本(国内取引すべて)です。
つまり、事業拠点が日本にある場合、日本の顧客への販売については、税の計算・徴収・申告・納付を自社が行います。海外の顧客への販売はStripeが処理し、日本国内だけが手元に残る、という分かれ方になります。
この線引きは、日本の制度の側から見ると自然です。国税庁のタックスアンサーNo.6118は、電子書籍や音楽、広告の配信のようにインターネットを介して行われる役務を「電気通信利用役務の提供」と呼び、それが国内取引にあたるかどうかを役務の提供を受ける者の住所等で判定するとしています。日本の顧客への販売は日本国内の取引にあたるため、日本の事業者にとっては自国の申告の中で扱う話になります。
越境販売について税務対応の対象になっている国・地域は、ページに国コードの一覧で載っています。当社が数えると、アフリカ9、アジア太平洋28、非EUのヨーロッパ11、EU27、中南米およびカリブ5、北米2で、合計82です。Stripeの記載は「80か国以上」なので、この数え方とおおむね一致します。セルビアについては、セルビアでVAT登録をしていない事業者の越境販売にのみ対応する、という但し書きが付いています。
一覧に無い国の顧客へ売る場合は、その取引の間接税は自社の責任です。ただし、その取引でもMoRとしての決済・不正防止・申し立て・顧客対応は続き、税額の計算は Stripe Tax を追加料金なしで使えると書かれています。またこの場合、顧客へ送る請求書には Link ではなく自社の事業者名と税務情報が使われます。
使えるかどうかは、商品と作りで決まる
MoRは、どんな商売でも使えるわけではありません。Managed Payments の利用資格のページには、商品カテゴリーの線引きが書かれています。
| 対象になる | 対象にならない |
|---|---|
| ソフトウェア | 有形商品 |
| ビデオゲーム | コンサルティング、マーケティング、デザイン、開発、テクニカルサポートなどの専門サービス |
| 電子書籍・オーディオブック・デジタル雑誌や新聞・音声や動画・デジタル画像 | 対面のライブイベント |
| オンラインコースとトレーニング | - |
| ウェブサイトホスティングなど、電子的に提供されるビジネスおよびウェブサービス | - |
さらに条件が3つ付きます。プラットフォームやマーケットプレイスを介さず顧客へ直接売ること、配布に必要な権利とライセンスを保有していること、そして完全に自動化されたデジタル商品であることです。対面の1対1コーチングのように人の介在があるサービスは、対象のデジタル商品として認められないと明記されています。
技術面の制限もあります。Managed Payments が使えるのは Checkout と Payment Links で、Connect(プラットフォームやマーケットプレイスとの連携)、Elements などの高度な連携、サードパーティーの税金計算との連携はサポートされません。
事業の所在地にも条件があります。対応する事業所在地の一覧には、北米、ヨーロッパ、アジア太平洋の国・地域が並んでいます。アジア太平洋はオーストラリア、香港、日本、シンガポールの4つで、日本は含まれています。
手数料は、公表されている範囲が違う
2社の公表状況を並べます。ここは公開されている記載の差がそのまま出る部分です。
| サービス | 公式ページに書かれている料金 | 備考 |
|---|---|---|
| Paddle | Checkoutの取引ごとに 5% + 50¢(Pay-as-you-go) | 10ドル未満の商品や請求書の発行が必要な場合はカスタム料金。移行費用・月額・追加費用は無いと記載 |
| Stripe Managed Payments | 今回参照した4つの公式ドキュメントには、料率の記載を確認できませんでした | 不審請求の申し立てを受けた場合の受領手数料は発生する。Stripeが反証資料を提出する場合、提出手数料はStripeが負担 |
Paddleの料金ページには、グローバルな税の登録・申告・納付、サブスクリプションの請求と決済処理、複数の決済ゲートウェイと通貨、不正防止とチャージバック対応、ローカライズされた決済画面、24時間対応のカスタマーサポート、収益回復、移行支援などが、この料率に含まれると書かれています。
Stripe側の料率は、この記事の範囲では確認できませんでした。仕組み・利用資格・税務コンプライアンスの各ページは手数料に触れておらず、不審請求の申し立ての節から料金ページへリンクが張られているだけです。金額を推測して比較表に入れると、その数字だけが独り歩きします。ここは空欄のまま残し、実際の見積もりは各社へ確認してください。
Paddleの会社ページにも、確認できなかった項目があります。「$112M sales tax remitted globally last year」という数字が載っていますが、どの年を指すのかがページに記載されていません。運営主体は Paddle.com Market Limited です。
決める順番
MoRを検討するときに見る順番は、料率ではありません。
- 自社の商品が、利用資格の5項目に当てはまるか。ここで外れるなら、料率を比べる意味がありません
- 顧客の所在地が、税務対応の一覧に入っているか。入っていない国が主戦場なら、外せる作業は思ったより少なくなります
- 顧客の明細と領収書に、自社ではない名前が出ることを受け入れられるか
- 返金と申し立ての最終判断を相手に委ねること、48時間の応答期限を運用に組み込めるか
- そのうえで、料率と、自分で申告する場合の手間・専門家への費用を比べる
日本の事業者の場合、2の答えがそのまま3以降の重みを変えます。売上の大半が国内なら、日本の国内取引は結局自社で処理するため、MoRで外れるのは海外分だけです。逆に、最初から海外の個人顧客が中心なら、EUのOSSだけを見ても四半期ごとの申告とゼロ申告が毎年4回ずつ発生します。この差が判断の分かれ目になります。
現地法人を各国に作らなくても売れる、という点はStripeの公式ドキュメントにも書かれています。海外に法人を持つ場合の維持コストと比べたいなら、デラウェア州法人の年間フランチャイズ税と年次報告の費用も判断材料になります。決済を自社側に持つ場合に何が乗るのかは、プラットフォームが決済を持つと、売上はどこから立つのかで分解しています。
料金と対応国は改定されます。この記事の内容は2026年9月8日に公式ドキュメントで確認したもので、契約の前には各社の最新のページを見てください。税務の判断そのものは、自社の状況に応じて税理士へ相談する範囲です。
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