店頭での販促は、やったかどうかを確かめるところまでが仕事です。什器が指定どおりに組まれているか、配る商品の在庫が足りているか、決められた手順が守られているか。この確認は、いまでも紙と目視で行われていることが多い作業です。北米のリテール支援会社Advantage Solutionsは、この確認を写真の照合へ置き換える仕組みを作っています。Anthropicが公開した導入事例に、置き換えの中身と、会社が見込んでいる時間が載っています。
先に、公表されている内容を正確に書きます。導入事例に出ている70,000時間という値は、点検の自動化によって年間に現場へ戻すと会社が見込んでいる労働時間です。稼働後に測った結果ではありません。ツールそのものも、導入事例の書き方では構築中です。それでも読む価値があるのは、数字の大きさではなく、どういう単位の作業を、何に置き換え、戻した時間をどこへ回すと決めているかがはっきり書かれているからです。この記事で扱うのは、Claudeの導入事例ページとAdvantage Solutionsの公式サイトに記載がある範囲だけです。確認日は2026年9月14日です。
まず、この会社が何をしている会社か
Advantage Solutionsは、消費財(CPG)のブランドと小売業者をつなぐ事業を北米で行っています。導入事例には、4,000のCPGメーカーと、その商品が売られている小売の現場との間をつなぐ存在だと書かれています。現場で実際に動いているのは60,000人のteammatesで、商品のデモンストレーションを行い、夜のあいだに棚を補充しています。その範囲は、米国のzip codeの90%以上に及びます。
公式サイト側では、扱う小売拠点の数を85,000としています。会社ページには、$4 billion in revenue、more than 40 countriesでのつながり、上位100社のクライアントで95%の維持率といった数字が並んでいます。日本の感覚で近いのは、店頭の販促・ラウンダー・実演販売・サンプリングを大規模に受託している会社です。
| 公表されている値 | 何の数か | どこに載っているか |
|---|---|---|
| 4,000 | つないでいるCPGメーカーの数 | 導入事例 |
| 60,000 | 現場のteammatesの数 | 導入事例 |
| 85,000 | 取り扱う小売拠点の数 | 公式サイト |
この規模が、あとで出てくる70,000時間という数字の前提になります。1つの現場で数十分を削る話が、なぜ年単位で数万時間になるのかは、拠点とシフトの数を先に押さえておかないと読み違えます。
紙とマーカーで、毎シフト20〜30分
導入事例が具体的に書いているのは、イベントマネージャーという役割の作業です。店内での商品デモを監督する担当者で、シフトごとに、供給の在庫と遵守すべき項目を確認していきます。使っている道具は、紙とマーカーです。項目を目で追い、印を付けて消し込んでいきます。
この確認にかかる時間として書かれているのが、20分から30分です。1回の作業として見れば、大きな時間ではありません。導入事例も、そこは正直に書いています。1人あたり、1シフトあたりの20分か30分が、数千の拠点で掛け算されると時間になる、という書き方です。
置き換え後の形も具体的です。マネージャーがカートの設営を写真に撮ると、確認済みの結果が数分で返ってくる、という仕組みです。作るのに使われている道具の一部がClaude Codeだと書かれています。
ここで注目したいのは、置き換えの対象が判断ではなく確認だという点です。何を並べるか、どう売るかを決めているのは人のままです。決まっている項目が、決まったとおりになっているかを照合する部分だけが機械へ移っています。写真という入力が使えるのは、確認の対象が目に見える状態だからで、同じ理屈は棚の陳列、掲示物、清掃の確認にも当てはまります。
70,000時間は、どう積み上がった数字か
導入事例には、同社が年間およそ 70 million labor hours を現場の運営全体で管理していると書かれています。そのうち、この点検の自動化で戻すと見込んでいるのが70,000時間です。
この数字の作り方は、実は難しくありません。1回の作業時間があり、その作業が発生する回数があり、対象の拠点数がある。3つを掛けるだけです。導入事例も、そのままの順序で説明しています。逆に言えば、単位作業の時間を測っていない会社は、この見積もりを作れません。AIを入れるかどうかの議論より前に、その作業が何分かかっているのかを知っているかどうかが効いてきます。
注意しておきたいのは、この70,000時間が費用の削減額ではないことです。導入事例に、削減した人件費や、投じた費用、回収の期間は書かれていません。書かれているのは時間と、その時間の行き先だけです。金額へ置き換えているのは読者の側であって、会社が公表した値ではない、という線はまたがないほうが安全です。
戻した時間の行き先が、先に決まっている
導入事例の書き方で目を引くのは、70,000時間を「削減する」ではなく「戻す(redirected)」と表現している点です。行き先も明示されていて、teammateの研修と、売場に立っている時間です。
現場の作業時間を削る取り組みは、行き先を決めないまま始めると、削った時間がそのまま別の事務作業で埋まります。誰も悪気なくそうなります。時間の使い道を先に言葉にしておくと、少なくとも何に使うつもりだったのかを後から確かめられます。COOのGeorge Johnsonさんは “Seventy thousand hours is not an abstraction. That’s real people, real shifts, real time going back to our teammates.”(70,000時間は抽象的な話ではない。実在の人、実在のシフト、teammatesへ戻る実在の時間だ)と述べています。
なお、これは成果の保証ではありません。戻した時間が研修や接客の質にどう表れたかを示す数値は、導入事例には出ていません。
現場へ配る前に置いた、統治と順序
この会社がAIを使い始めたのは、この点検ツールが最初ではありません。導入事例によれば、早い時期に実施した社内の診断で、成熟度のばらばらな用途が50件を超えて見つかっています。1つの部門では予定調整の90%が自動化されている一方、多くのチームはそれぞれ勝手に試している状態でした。
そこで先に決めたのが2つです。1つは統治で、AIの担当部署を立ち上げ、CEOが主導するC-suiteのグループへ報告し、そのグループが定期的に用途の一覧を見直す形にしています。もう1つが配る順序です。
順序は上から下です。まず経営陣が自分で使い、それが終わってから次の層の上級リーダーへ3時間のセッションを行い、そのあとに150人でパイロットを始めています。研修の中身は3段階に分かれていて、101がチャットの導入、201がClaude Coworkによる複数の資料をまたぐ作業、301がClaude Codeです。CEOのDave Peacockさんは “You can’t ask an organization to transform if its leaders haven’t done the work themselves.”(リーダー自身がやっていないのに、組織に変われとは言えない)と述べています。
同じ「上から順に降ろす」設計は、Pictetが約700人へ広げた順序でも見られます。作れる人を増やす前に審査の道筋を敷いた例としては、State Farmの進め方が近い形です。
ほかの部門で起きたこと
点検ツール以外にも、いくつかの用途が挙がっています。
財務では、FP&AのディレクターであるAsh Guptaさんが、毎週の予測の検証にかかっていた10時間の作業を30分未満へ縮めたと書かれています。スライド、コメント、検証を含む一連の作業です。リテールマーチャンダイジングでは、ある利用者がClaude Codeで店舗の巡回ルートのモデルを作り、それがクライアントへの提案の場に登場するようになっています。広報の領域では、CEOが同社として初めての株主向けレターの推敲にClaude Coworkを使っています。
部門ごとに、用途を作っているチャンピオンは50人を超えています。診断の時点で50件だった用途は、その後100件以上が自然に出てきたと書かれています。現場の担当者が自分の業務に合わせて作る形は、GE Appliancesが現場へエージェントを配った設計とも重なります。
公表されていないこと
この導入事例から読み取れないことを、はっきり残しておきます。
点検ツールが実際に稼働した後の測定値は出ていません。写真による照合の精度、誤って合格と判定した場合の扱い、人が見直す割合も書かれていません。研修や導入にかかった費用、Claudeの利用費、投資の回収期間も記載がありません。パイロットから全社への拡大は進行中で、最終的な利用者数や完了時期は示されていません。点検の対象となる項目の一覧も公表されていません。
ここは大事なところなので繰り返します。70,000時間は見込みです。実績として引用すると、事実と違う紹介になります。
日本の実務者が持ち帰れること
そのまま真似できる部分と、できない部分があります。この会社の規模は日本の一般的な事業会社とは違いますが、考え方の部分は規模に依存しません。
1つ目は、見積もりの単位をそろえることです。単位作業の時間、発生回数、対象拠点数の3つが分かっていれば、置き換えの効果は自分で計算できます。分からない場合は、まずその3つを測るところからになります。AIの導入可否より前の話です。
2つ目は、確認作業から手をつけることです。判断を伴う作業より、決まっている状態と実際を突き合わせる作業のほうが、置き換えの設計が簡単です。店頭の什器、掲示物、備品の在庫のように、目で見て分かるものは写真が入力になります。ただし、何をもって合格とするかの基準は人が決める必要があり、この基準が曖昧なままだと、機械に渡しても答えは安定しません。
3つ目は、戻した時間の行き先を先に決めることです。研修に使うのか、接客に使うのか、担当範囲を広げるのか。決めずに始めると、削減の効果は数字の上にしか残りません。
4つ目は、順序です。この会社は、現場に配る前に、統治の置き場所と、経営層から順に降ろす道筋を作っています。作れる人を増やすことと、作ったものを業務に使ってよいと認めることは別の作業で、後者の仕組みが無いまま前者だけを進めると、動いているものの一覧が誰にも分からなくなります。
なお、同じ手順を踏めば同じ結果が出るという意味ではありません。効果は、対象の作業の性質と、運用の仕方によって変わります。
出典と注記
この記事は、Anthropicが公開しているClaudeの導入事例ページ「Advantage Solutions gives frontline managers 70,000 hours back with Claude」と、Advantage Solutionsの公式サイト(トップページ、会社ページ)を出典としています。いずれも企業が自ら公開している一次情報です。数値は原文の表記に沿っており、単位や通貨の換算はしていません。英語の引用は原文を併記し、日本語は内容を示すための訳です。導入事例の記載は更新される可能性があるため、引用する際は各ページの現在の記載を確認してください。確認日は2026年9月14日です。
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